「希望」が見つけにくい社会

希望格差社会―「負け組」の絶望感が日本を引き裂く ファイナルファンタジーXII(特典無し)

 先日FMラジオの放送で葉加瀬太郎氏が、今の社会では「希望」を見つけにくい、だからFFⅩⅡメインタイトルに交響詩「希望」と名付けた、という風なことを言っていた。


 高度経済成長の時代は、目に見えるわかり易い形で周りが進歩し、頑張ればこうなると言った「希望」を見つけやすかったと思う。
 安定、停滞の現在は「希望」を見つけにくい時代なのだろうか。


 今の時代、誰でもわかり易く「希望」を得られるのは、「感動できるコンテンツ、ソフト」からなのかもしれない。